続・わたくしの宝もの 14_兄のはなし
思い切って告白しようかしら。
実はわたくし、お金を盗んだことがあるんです。
子どもの頃、すぐ上の兄にそそのかされて、家の金庫から5銭ほど拝借したのです。
兄はそのお金でメンコを買って上機嫌でしたけれど、
その日の夜には父に気付かれて、真っ暗な中、二人で庭に放り出されました。
お金を盗むとこんなに怖い目に合うんだと分かったから、それ一回限り。二度とすまいと反省しました。
そんな兄だったけれど、学校を出たら皇居をお守りする「近衛兵」になったのよ。
所属は赤坂三連隊。陛下にも何回かお会いしたらしいわ。
わたくしが保母学校に通うために上京したあと、その兄からちょっと来いと電話がかかってきたの。
急いで向かうと、手持ちのズボン下が1枚多いから持って帰ってくれっていうのよ。
軍隊というところは持ち物の数が決まっているから明るみにでると大変だったんでしょうね。わたくしは言われるがままに持ち帰ったけれど、どなたかはズボン下をなくしてたいそう困ったはずだわ。
またある日は、水筒の栓を探してくれと言われたの。
九段に向かう途中に金物屋さんがあったから訪ねてみたけれど、いくら探しても見つからないのよ。
そうしたら兄は切羽詰まったのか、どなたかから拝借しちゃったそうよ。
そんなことを聞いたらハラハラしちゃうわよね。
わたくしは小さいし、スリムとはいえない体型だけれど、兄は勉強がよく出来てハンサムで。7人きょうだい自慢の兄なんです。
そうそう。
「近衛兵は男前じゃないとなれない」なんていう噂があったけれど、面会に度々行ったわたくしが証言します。なかにはそうでもない方もいらしたかと。フフフ。
《見るたびに暗闇よぎった 5銭のメンコ 》

あの真っ暗闇をまだ覚えているのよ
H28.09.12号より